穴があったら踊りたい

おさかなさんと彼の平凡で特別な日々です。そんな日々をドキュメンタリー映像にしようと目論んでいます。

なぜ人はハグをするのか?

昨日一昨日と二日にわたりちょっぴりセンチメンタルでした。

 

anaodo.hateblo.jp

 

振り返ってみても、

あんなに捻くれていて頑なで人間不信だったことを、

忘れかけていたことに自分でも驚きでした。

こんなに安心して自分以外の人と時を過ごせていることが、

どれだけ奇跡的なことかを思い出しました。

 

 

一人でいることは楽しかった。

誰のことも気にせずに、

こだりたいことにとことんこだわれたし、

好きなことを好きなようにやれたし、

誰かと何かを調整したり、

その過程で相手を傷つけたり、

自分が悪者になることもなかった。

 

ハグなどのスキンシップも、

昔は何が楽しくてやっているのかわからなかった。

イタリアにいた頃はだれかれ構わずハグの文化だったけど、

なんでよく知りもしない人(初対面とか)とハグなんてできるのか

私にはよくわからなかった。

当時は単に文化が違うから仕方ないと思って合わせていたけど、

日本でダンスの公演が終わって打ち上げをする時とかでも、

みんな感謝を述べながらハグをしあったりしていた。

私はそこでもなぜハグをするのか全然理解できなかったし、

あまり近くに寄られるのは正直心地が悪かった。

でもさすがに拒否をするのも申し訳ないので、

警戒心を内に秘めたまま、形だけのハグをしていたと思う。

 

もともと警戒心が強いので、

自分は平均よりパーソナルスペースが広いタイプなのだと思っていた。

人それぞれ心地のいい人との距離感は違うんだから、

私は私にあった人との距離の取り方をすればいいと。

少し遠目の距離感で関わるのが私には合っていると信じていた。

こだわりが強いから、人に合わせるよりも

自分のペースで自分のことをできたほうが幸せだと。

 

でも彼と出会ってから、

案外そうとも限らないのかもしれないと思い始めている。

距離を取りたいと思うのは、

それが本当に心地いいというよりは、

近い距離感を危険だと感じているから。

一定ラインを超えられると安心できていないから。

 

もし、近くにいても安心できる存在であるなら、

それは私にとって避けるべきものではなくなる。

むしろ心許せる存在が近くにいることが、

さらなる心の安定をもたらすということを実感している。

 

 

なぜ人はハグをするのか?

 

それは相手の存在を近くに感じて、

お互いがお互いにとって大事な存在であることを伝え合うことで、

心の安らぎがもたらされるからかもしれない。

自分の大事な何かがそこに存在していることを確認して、

その喜びを噛み締めるためかもしれない。

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おさかなさんの素朴な質問に答えてくれる彼

近づくことはやっかいでリスキー。

心も体も危険にさらされる。

でも近づくことは信頼関係を築く上での第一条件であり、

その先にある喜びと安らぎへの入り口でもある。

これを知ったことで、

私の幸せの定義は広がったように思う。

そして幸せの定義が広がるということは、

前よりも少し、生きやすくなったということなんじゃないかな。