穴があったら踊りたい

おさかなさんと彼の平凡で特別な日々です。そんな日々をドキュメンタリー映像にしようと目論んでいます。

幸せアンテナ

今日はお休み!

先月から少し食費が余っていたので、

今日はお昼からピザパーリーに決定🍕

もう10月ですが今日はお天気も良く、

ベランダで直射日光を浴びてると

暑くて焦げるかと思いました・・・笑

でも真っ青な空ともくもくな雲を見上げながら

太陽を浴びながらご飯を食べられるのはやはり最高です。

私はどうやら太陽やら水やら風やら、

そういうものを浴びることに幸せを見出すみたいで、

そういう時にじんわり幸せを噛み締める時間が

なによりも大事みたい。

 

ベランダで青空を見つつ、

幸せを噛み締めながら思うのが、

人生で大事にしないといけないことは、

自分が何を幸せだと感じるかに敏感でいることなのかななんて

考えたりしました。

 

きっと「幸せ」と感じることって、

その時々である程度変化していくとは思います。

中学生の頃の私にとっての「幸せ」は決して、

太陽を浴びながら青空を見上げることではありませんでした笑

また、幸せにもじんわりくるタイプのものと、

強烈に感じるタイプのものといろいろありますよね。

大きなことを達成して「あぁぁ〜〜〜最高ぅ〜!」って時も、

ベランダでじんわり「生きててよかった〜」って時も、

その時その時で、自分の心が「あぁ〜幸せ〜」と思える瞬間を

理性で潰さずに捕らえられるかどうか、心で実感できるかどうかで、

生きていく上での幸福感が変わってくる気がしています。

 

と、いうのも私は過去、結構それを逃し続けてきたというか、

自分が頭で思っている「幸せ像」と、

自分が本来求めている「幸せ像」がずれていたというか、

「幸せ・・・かも?」って思った瞬間に、

「いや、これは違う、騙されるな!ぬるま湯に浸かるな!」

って感じに理性がしゃしゃりでてきて、

自分自身にそれを実感させてもらえない感じがしていたのです。

逆に「しんどい・・」とか、「苦しい・・」と感じる時ほど、

「そうだ!これが成長、さらには自己実現=幸せにつながる!耐えろ!」

と理性が言ってきて納得させられてしまうので、

しんどい、苦しい状況を呼び寄せやすかったように思います。

 

確かに、しんどい中でも続けたおかげで実現できたことや、

しんどいを乗り越えたからこそ得られたものもあります。

だから「しんどい」「苦しい」の全てが悪だとは思わないし、

その先に目指すものがある時には、ある程度必要な場合もあるでしょう。

ただ、そこには常に離脱する選択肢があって欲しいし、

「幸せ」の前提条件としたり、

「幸せ」を否定するものであってはいけないと思うのです。

 

数年前まではしんどい思いをして頑張ってリハーサルして、

舞台を成功させた時は強烈な幸福感を得ていたと思います。

そして割とそれ一択で、選択肢がなかった感じがします。

だから「必死に頑張っている」自分が好きでしたし、

その先にある強烈な幸せを手に入れるために突っ走っていました。

最近は「しんどい」「苦しい」を乗り越えて

やっと手に入る幸せ以外にも、

じんわりと感じる幸せが身近にあることに気付いて、

さらにそれを感じることを自分に許せるようになってきた気がします

 

 

歳を取ったんだろうか・・・?笑

 

 

いや、年齢はきっと関係ないけれど、

自分が本来求めているものって、

意外と必死に頑張ってしんどいのを耐えなくても、

身近にたくさんあることに気付いたんですよね。

そしてこれは彼のおかげが大きいと思っています。

 

もしかしたら、側から見たら彼はパーキンソン病

身体が不自由で、大変で「不幸」に見えるかもしれない。

でも彼は決して「不幸」ではない(と思う)。

身近にある楽しいことに誰よりも敏感で、

身近にある幸せに誰よりも敏感で、

自分で自分を楽しませることがとっても上手だから。

そしてそれってある程度の「意思」がないと

できないことなんじゃないかと思うんですよね。

 

もちろん「幸せアンテナ」の感度が

生まれつき高い・低いとかはあるのかもしれませんし、

生育歴の中で、感度を磨けるような環境にいるかどうかとか、

感度を下げないと生きづらい環境にいるかによる影響はあると思います。

私の場合は、おそらく成長の過程で、

感度がガッツリ下がってしまっていた感じがします。

 

でも、身近にある楽しさや幸せを惜しみなく感じ、

楽しそうに生きている彼を見ていて、

あぁ、そういうのも悪くないんだ、

そういう幸せの感じ方もあるのか〜・・、

あ、私にもそういう幸せ、あるじゃん・・!?

って気づかされたんだと思うんですよね。

彼は病気の影響で思い通りにならないことももちろんあって、

悔しい思いもたくさんしている彼ですが、

きっと「苦しい」「しんどい」よりも、

「楽しい」「幸せ」を彼の意思で選ぶことにしたんだと思うんです。

それはとても尊敬できるところだなぁと思っています。

(たまに能天気すぎて心配になることがないわけではありませんが笑)

 

身近な幸せへのアンテナの感度が上がれば上がるほど、

客観的に見てどんなに大変な状況であっても、

「不幸」になることはないんじゃないかと思います。

そのためにも、素直な感覚(幸せ!だけじゃなく嫌だ!とかも)を

理性で潰さないように気を付けていきたい。

これって実は理性がやたらと発達してしまった

現代人にとっては難しいことなのかもしれない。

自己防衛本能的なものが染みついていて、

「幸せ」を感じることを危険なことだと認識してしまうなら、

一体何から自分を守ろうとしているのか?

を問い直す必要もあるかもしれません。(これは怖いことだ)

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いつのまにか幸せアンテナが生えてたらしい彼

私は正直まだまだ苦手ですが、

「幸せ」を感じることは危険なことじゃないんだよ〜って

教えてくれる人がいることは本当にただただラッキーだと思います。

これからも彼に倣ってアンテナ立ててこうと思います!📶